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LA BUONA VITA 宮崎里恵のおいしい出会い
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LA BUONA VITA 宮崎里恵のおいしい出会い
第3話 銅鍋ってどう作る?使いやすさの秘訣は、伝統の業と想像力
セリフの区別 … I:伊藤先生、M:宮崎先生、S:三枝(石田)
伊藤さんは、宮崎先生が愛用する銅鍋の作家の方ですが、自分が使っている道具の製作者に会う機会なんて通常、滅多にありませんよね。宮崎先生は、デパートで開かれていた伊藤さんの個展会場に偶然入って、パエリア鍋と小さなソース鍋を購入したのが出会いだそうですね。
熱伝導の優れた銅鍋で、取っ手の位置などを使いやすいように工夫していて、何より見た目がとても美しかったので、これは買いだと。会場に来ていらした伊藤先生にお鍋のことを伺っているうちにイタリアの話で盛り上がって、初対面なのに1時間くらい話し込んじゃいました。
伊藤さんはイタリア留学の経験があって、宮崎先生は毎年、料理教室の生徒さんや知り合いの方を募ってイタリアへ研修旅行に行かれているイタリア通なんですよね。去年はチーズの製造工場やワインの醸造所を見学されたと聞きました。今年の秋にも行くそうですが、その様子もこのコーナーでご紹介したいですね。

…おっと、話している間にクルマは目的の工房に到着しました。伊藤さんとは、一体どのような方なのでしょうか。私は初対面なのでドキドキです。

天井の高い工房の中は、中学校の技術室のような、物を作り出す場所独特の雰囲気が漂っていて、壁のレンガ模様が少しヨーロッパの面影も感じさせています。美術室や実験室が好きだった人にはたまらない空間でしょうね。ちなみに私は大好きです。 伊藤さん、きょうはよろしくお願いします。興味をそそられる道具がいっぱいありますが、この切り株のような台の上で銅板を叩いて、銅鍋の形に成型しているのですね。
はい、切り株のようなものは木台(もくだい)というんです。作業工程をお見せしますよ。まず、四角い銅板を叩いて伸ばしながら、鍋の形を作っていきます。次に500℃の炎で、色が変わるまで焼きなましをします。今度は水洗いをして、薄い硫酸に浸けてから、もう一度水洗いをします。この工程を10回くらい繰り返して出来上がりです。
銅製の茶釜作りをテレビで見たことがありますが、洋の東西を問わず銅製品の作り方は共通しているのですね。
慣れてしまえば、小さい鍋なら日に3〜4個は作れます。以前は日々決まった数を作っていましたが、最近は寄り道しながら立ち止まりながら、散歩するような感覚で作っています。使う人によって望むものは違うし、お店を通すと大事な部分が伝わってこないから、個展でもお客さんと直接会って、生の声を聞くようにしています。
伊藤さんの作る銅鍋が使いやすいというのは、使う人の気持ちを大事にして作っている道具だからなのですね。お気に入りの道具を大事に使いたいと考えている宮崎先生と気が合うわけですね。それに、お話好きのお二人なら、初対面でもさぞや話が弾んだことでしょう。
ええ、とても。実は、伊藤先生とお会いしたのはその時だけなんですけど、先生のお鍋を毎日のように愛用しているので、お会いして2台のお鍋をすごく気に入っていることを直接伝えたくて。それと、先生のお鍋作りにかける情熱も伺いたくなったので取材をお願いしてみました。

使った感想を直接伝えたいほど、2台のお鍋はお気に入りの品になったのですね。では、伊藤さんが銅鍋を作るようになったきっかけを教えてください。


初めは金属の彫刻をしていて、イタリア・フィレンツェのアカデミアに行くときも彫刻をやっていこう、ずっとイタリアにいようと考えていたのですが、途中で考えが変わりました。ギリシャに行った際に、古代ギリシャ芸術には絵画とか彫刻とかのジャンル分けがないことに面白みを覚えて、一度帰国して新しいものに取り組もうと思ったんです。
なるほど。では、そのころに銅鍋作りを始めたのですか?
知人から銀製の鍋を作ってくれと頼まれたことがあって、そのあと同じような仕事が続いたんです。当時、人が求めているもの、使う人が楽しいものを作ろうと思うようになっていたので、熱伝導がよく使い勝手のいい銅鍋に辿り着きました。それに、一部の人しか使わない工芸品よりも、日常の道具の方が収入面も安定するので、仕事として長く続けられますから。そうこうしているうちに忙しくなって、イタリアに帰る機会がなくなってしまったんです。
食材もそうですが、いいものは愛着がわきますよね。使いやすく、かつインテリアにもなるような見た目を備えた道具に出会えたときは、本当に嬉しいです。
そういう道具なら、使っていて楽しいのはもちろん、大切に扱うようになりますよね。人と道具の本来の付き合い方のような気がします。時代とともに世の中は便利に、豊かに変化していますが、昔から学ぶべきことも多いですね。
僕が鍋を作り始めたころから世の中で変化しているものに、火の使い方があると思います。電磁調理器を使用する家庭が増え、炎を使わずに育ってしまう子供もいるようですが、ヒトは原人と呼ばれていた時代から火とともに生きてきた訳で、炎を扱うこと自体にきっと意味があるはずです。炎と遊び、炎の楽しさを知ってほしいですし、人は炎と折り合いをつけて生活していくべきだと思っています。
炎は怖いからと腰が引けてしまう子供たちもいますが、炎を扱うことで怖さを知って、尊さ、ありがたさを感じてほしいですね。何事もそうですが、逃げていては始まらないし、体験しないと痛みは分からないですものね
僕は大学の講師として学生にも教えていますが、年々イメージする力が乏しい学生が増えている気がします。至れり尽くせりの中で育った子たちには、火の使い方も含め、どこまでが大丈夫でどこからが危ないのかを一から教えないといけない。もっといろいろなことを経験して、材料から教わることを身に付けてほしいですね。
材料が教えてくれるのですね。では伊藤さん自身の、これからの目標みたいなものはありますか?
僕が作る鍋を通して、家族の和が広がることを願って作っています。そういう思いを込めた道具を作り続けるために、中世ヨーロッパでルネッサンスを支えた工房のような、親方が弟子に技術を伝えていく形を現実化したいと考えています。芸術家はほかにアルバイトをしないと食べていけない現状がありますが、本当にいいものを伝えていくためにも、経済的な理由で才能を潰したくないなと。それには、工房組織が最適なんですよね。
私も、お鍋一つでも子供から孫へと代々大事にしていくような生活をしていきたいと考えています。いいものを揃えても使う腕がなければと躊躇する人もいますが、形から入れば料理への興味がわくこともあるので、まずは一つ、お気に入りの物を手に入れることを勧めているんですよ。
質のいいものは値段も張るので、なかなか手を出しにくいものですが、何か一つなら私でも手に入れられそうです。いいものだと、焦げ付いた鍋をシンクに放り込んでおくことはなくなるでしょうし、道具に対する考え方も違ってきますよね。一つの道具から料理への興味がわき、ものへの接し方・見方が変わってしまう、なんてこともあるかもしれませんね。まずは、飲みにいくのを少し我慢して、いい道具を購入してみようと思います。

最後に、伊藤さんにとってのLA BUONA VITA(おいしい出会い)を尋ねたところ、「パドバのタコ(Polpetti padovanoベネト方言で folpetti padovan)」という答えでした。ベニスの隣町・パドバの名物タコには、おいしさだけでなく、強烈な印象があると伊藤さんは言います。そして、間合いがいいと。

「お客の前に皿を置いて、そこに茹でたタコをのせて、切って、塩を振って、グリーンソースをかけて、レモンを添えて、さあ召し上がれ」という豪快な振る舞いに、その小気味いいテンポに魅力を感じたのでしょうか。「間合いがいい」という表現は、物作りに携る方らしい、いわば瞬間をとらえるかのような雰囲気を持った、妙に納得させられる感想でした。

次回は、子供料理教室の様子をお届けする予定です。どうぞお楽しみに!
伊藤 祐嗣(いとう ゆうじ)
1961年   東京生まれ
1985年   東京芸術大学美術学部工芸科卒業
1987年   同大学院練金専攻終了、イタリア政府給費留学(〜89)
1992年   東京芸術大学博士課程修了
    同大学非常勤講師(〜95)
1995年   千葉・大原にて制作活動を開始
1997年   千葉大学教育学部非常勤講師
取材・文 三枝真理(SAIGUSA Mari)
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